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はじめに
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ラマルティーヌという詩人の「人生は死への前奏曲である」という言葉がある。
私のお気に入りの曲であるリストの交響詩「前奏曲(レ・プレリュード)」は、この言葉から曲名がついたそうである。
確かに、人生は音楽に似ている。メロディーがあり、リズムもテンポもハーモニーも、いろいろに変化する。しかし終止線が引かれるときがいつなのか、そのとき、あるいはその少し前までわからない。
永遠に美しい前奏曲を奏でることは不可能でも、如何に奏でるかは自由である。しかし、リピートもダ・カーポもできない。
去年の春、父は自分の人生に終止線を引いた。空白のままの五線紙を何枚か残して。
そして私自身、今既に前奏曲の後半に入っている。しかし父亡きあと、私は何小節も埋めることができないままになっている。
父の遺した前奏曲を今一度聴き返すことで、私自身のこれからの曲想が浮かぶのかもしれない。 |
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