不動産・金融のこと

相続

 身内の誰かが亡くなると、相続という問題が発生するのは必定である。

 相続というと、不動産の相続登記や預貯金の名義変更などをはじめ、いろいろな手続きが必要になってくるものである。
 それも、故人を偲ぶ間もなくあわてて手続きをしなければならないことも多く、疲れきった心身に鞭打って書類の作成や役所回り、金融機関回りなどをするのは、とても疲れる作業である。

 悲しみを紛らわすために忙しくなっているのだと考える人もいるようだが、私はなかなかそうは思えなかった。
 
 父の一周忌を3ヶ月も過ぎて、やっと一番の難題であった土地の売却を済ませることができ、少しだけ肩の荷が下りたような気持ちになれた。

 父亡き後、私自身が体験した不動産と金融に関する問題について、少しだけ話してみようと思う。



売れない土地

 父は、ある土地の売却のことで、もう10年も悩んでいた。
 その土地は近県にあり、父の実家があった土地なのだが、平成4年に父方祖母が亡くなって誰も住む人がいなくなってから、ずっと買い手を探していたのである。

 県庁所在地で私鉄の沿線、私鉄の駅は目の前にあり、一見すぐに売れそうに見えるのだが、いろいろな問題点を抱えていて、買い手がつきそうになっては土壇場でキャンセルということも、これまでに一度や二度ではなかったらしい。

 去年(平成14年)の春、父の病状がいよいよ悪化したときになって、また新しい買い手が見つかったという話が舞い込んだ。しかし私は、それまでこの土地についての経緯をほとんど父から聞いてはおらず、父の残している多くの書類を見て、手探りに近い状態でこれまでの経緯を調べることとなった。

 売却が難しい理由は、まず進入路が狭いということだった。もともと、軽自動車ならやっと1台通れるくらいの幅の私道が進入路だったのだが、私道の所有者は理解に苦しむ人物で、その一部を私道に隣接する土地の所有者に売却し、なんとそこに家が建ってしまったのだ。
 父がその狭い私道に通行地役権を設定したのは、残された書類によると、その家が建ったあとのことだった。

 通行権といっても、通常、人と、せいぜい自転車が通行するくらいの権利しかなく、自動車の通行までは保障されていないものらしい。

 普通自動車が通れる進入路を確保するためには、どうしても隣接する土地を買い足す必要があったわけである。
 しかし、既に家が建っている土地を買うことはできないし、買い足せる土地は限られてくる。結局、かなり老朽化した小さな借家のある土地の半分、約24坪を買い足していた。しかも結構高い坪単価で。

 その老朽化した家には借家人が頑張っていて、家の半分を取り壊して撤去、家の「切り口 」に壁と出入り口を作ってあった。けんか腰の作業だったと、不動産業者から聞かされた。

 そうやってやっと確保した進入路へ至るまでの道には、地目「公衆用道路」が3筆もあり、それぞれ8〜10人で持分で所有していた。すごい人数の地権者が絡んでいる。

 しかもこのあたりは、市の条例に定められる「狭あい道路拡幅整備」の対象となるので、新たに建築を行う場合は、近隣関係者の、道路拡幅と通行に同意を求め、市の方へ申請する手続きが必要だった。全員の同意が取れないと、建築許可が下りないので、売却ももちろん不可能ということになるのだった。

 手続きには建築設計図などの提出を求められる。即ち、この土地を購入後、すぐに建築にかかる必要があった。そういう条件で土地を購入する人を探さないといけない。すごく限定されてくる。

 おまけに、ずっと面倒を見てくれていた不動産業者のD氏も父と時期を同じくして肺癌に倒れ、D氏の仕事仲間でありこの辺の物件にも詳しいというT氏へと引き継がれることになった。



買い手が!しかし・・・。

 よりにもよって、父がモルヒネを投与されて間もなく、買い手がついたという連絡を受けた。 

 しかし父は、不動産の取引どころではなかった。「せん妄」や「痴呆」の状態から脱して元の精神状態に戻る可能性は低いと言われていた。薬の副作用でまともに話ができないので、少しだけ待って欲しいとT氏には伝えた。

 ところが、業を煮やしたT氏は、入院中のD氏を伴って、こちらへ来ると言い出した。
 営業と言うのは、タイミングをはずすとダメになってしまうことは私も知っている。顧客の気持ちを徐々につかみ、クロージングをかけてやっと契約にこぎつける・・・大きな買い物ほど大変だ。車1台売るのとはわけが違う。

 T氏もD氏も父を見舞いたいと言ってくれたが、まさか精神科病棟へ来てもらうわけにはいかない(実際、家族以外の面会は原則禁止だった。)。私の自宅へよぶことにした。

 両氏が来る日は、父の精神状態が良くなってもとの皮膚科病棟へ戻る日だった。しかし父はもちろん会うとは言わなかった。自分の病名については、詳しく聞いてないことにすればいいとか、1ヶ月で治ると言っておけばいいとか言った。
 ほんとうのことを言えば、足元を見られて不利になることくらいは私にも想像がついた。世の中は、すべてかけひきなのだ。

 両氏は、話すだけ話して、売買契約書を置いて帰って行った(聞き取りにくい小さな声で、契約書の署名は代筆でもいいと言ったように思った。)話の内容は、半分くらいしか理解できなかった。しかもいろいろな条件がついている。
 近隣の住人の中には、同意の判を押す代わりにと交換条件を提示してくる者もいた。数十万円の費用をこちらで負担して排水路の改修工事をせよとか、私道部分の舗装をせよとか・・・。

 父はそれらの条件をのむことに同意はしなかった。「(土地を)残して死んでもいいんだ。」などと口にした。父の言い分をT氏に伝えても、いい返事はこない。
 条件の良くない物件だから、近隣の者の条件をのんで早急に売却するべきだという一点張りだった。

 ぐずぐずしているうちに5月になり、父はかなり深刻な状態になってきた。
 延命措置をどうするかという話が出た日、私は意を決して、一応母と姉にも同意をもらって、父の代わりに売買契約書に署名・捺印し、T氏宛、郵送した。
 親や子供、孫が互いに他者の不動産を勝手に処分しても、法的にはお咎めはないということをずっとあとで聞いた。


 それからひと月も経たぬうちに父は力尽きてしまい、自分の手で売却することはかなわぬこととなってしまった。
 返事を待たされてしびれを切らした買主がキャンセルしてきたということを知ったのは、確か父が亡くなってからひと月以上たってからだったように思う。
 振り出しに戻ってしまった。止むを得ない。

 そして8月の終わり頃、現地を訪れた。父方祖母が亡くなってから、まだ10年しか経っていないのだと改めて思った。
 車を擦りそうになりながらやっとの思いで到着し、真夏のギラギラ照りつける太陽のもと、約130坪の土地にうっそうと茂った雑草を見て、大きなため息が出た。



相続登記

 不動産は、その所有者が死亡した場合、当然ながら、相続登記を済まさないと売買等の取引はできない。

 父が亡くなったあと、遺族年金給付の申請に始まって、いろいろと残された母のためにやっておかなくてはならないことがあり、時間がかかる相続登記は後回しにしてしまっていた。

 半年という短期間だったが、父のことと、父が不在であるがために代わりにやらなくてはならなかった母と姉のこと、それに一大事が降りかかった自分の家庭のことなど、多くのことを一度に抱え込んだために、、私は心身ともにかなりまいっていた。

 どうせ売却が難しい土地なら・・・と、相続登記もせぬまま、秋になるまで放置していた。

 秋になって、ようやく相続登記のことを考えるようになった。この土地がある○○県に出かける用事ができたついでに、法務局へ足を運んだ。

 実は私は、司法書士に依頼するのでなく、自分で相続登記をやってみようと思っていたのである。この先、相続登記をする必要が出てくることは、何度かあるはずなので、一度経験しておきたかったのだ。
 地元の法務局で相談すると、他の登記(所有権移転・所有権保存等)と違って、相続登記は“相手”がいないこともあり、素人でも簡単にできるということだった。

 しかし、○○県の法務局で相談を持ちかけると、そんなこと素人がやるもんじゃないと言って、門前払いされてしまった。同じ法務局でも、随分対応が違うものだ。

 「ご意見箱」なるものが目に付いたので、どうせもみ消されるだろうとは思ったが、不親切な対応を批判した文面を投函して、今回はあっさり諦めることにした。
 よく考えてみると、何筆もの土地、しかも持分での所有まで絡んでいるので、売却を前提に考えると、少しでも早く登記を済ませた方が賢明であるかもしれないと思ったのである。

 平成14年中に必要書類を揃え、不動産業者のT氏から紹介を受けた司法書士に相続登記を依頼し、年明けには、母への相続登記を完了した(と思った)。



今度こそ!

 相続登記が終わってしばらくは、何もする気がしなかった。
 他の相続関連の手続きも概ね終わらせてほっとしたせいか、緊張が解けた私はなんだか気分が沈む日が多くなり、買主を探そうなどという気も起きなかった。

 春になって、早くも父の一周忌が近づいた。5月の連休に、土地に看板を立てることにした。やはり売り物件であることが見てわかる方がいい。(私も、自分が土地を探したとき、看板を見てよく問い合わせしたものだった。)

 父が遺した書類を調べてみると、この土地を売却するために隣地を買い足すなどして、父は既に一千万近い費用を投入していた。そこで経費節減のため、夫の協力を得て、看板を手作りして車で運んで行くことにした。夜間もよく見えるように、蛍光ペンキで字を書いた。

 看板を立てたついでに、不動産業者T氏の事務所を訪ねた。
 この土地は、広告を出せば問い合わせだけはたくさんあるけれど、なかなか成約には至らないこと、調整区域の線引きがなくなるまでに売却しないと、ますますむずかしくなることなどを聞かされた。(ほとんどの場合、夫の方が気に入って購入を決意するのだが、妻の説得ができずに成約できないことが多いとのことである。女の方が、現実を冷静によく見ているのだ。私も身に覚えがある。)
 長期戦でいくしかないという結論に双方納得し、事務所をあとにした。

 ところがそれからひと月もたっていないある休日の朝、T氏が息せき切って電話をよこしてきたのである。
 今度こそ売れそうだと言う。買って下さるという方は、すぐ近くの官舎にお住まいなので、このあたりの道路事情なども充分理解されているらしいし、いろいろな煩雑な手続きに多少時間がかかることも、了承して下さっているという。

 また、ぬか喜びになるかもしれないと思ったが、とにかく話を進めてもらうようお願いしておいた。



成約

 その後、話はとんとん拍子に進んだ。近隣の10数名の人たちの同意をもらう作業も、T氏の方で進めてくれていた。多大な手間と、同意をもらう方への謝礼や交通費など、結構多額の費用が掛かる作業だった。

 排水工事や道の舗装など、同意の判を押す交換条件として近隣の何名かから出されていた条件も、止むを得ずのむことにした。
 この土地を今回売却できずに所有し続けることで、またこの先、固定資産税や除草作業などの管理費用がかかり、へたをすればまた相続が発生して、再び相続登記を行うことにもなりかねない。
 それに第一、精神的な負担が大き過ぎる。県外からたびたび見に来ることも難しい。

 同意をもらう作業は、「お互い様だから」ということで、ほとんどの人たちはすぐに応じてくれたらしいが、どうしてもひとりだけ応じてくれない人がいた。
 場合によっては、私が出向いて行って頭を下げる必要があるのではないかと思ったが、T氏が訪問しても門前払い、電話もすぐにガチャンと切られ、全く話にならなかったようである。

 ご高齢で理解していただけないとか何か理由が?と思ったが、まだ50代で公務員として働いておられる方だと聞き、ちょっと驚いた。しかも、その人は土地の所有者でなく、借地人であるとのことだった(私は、同意は、土地の所有者に求めるものかと思っていた)。
 T氏の話では、あちこちで仕事をしていると、何人かにひとりは必ずこういう人もいるのだということだった。

 市の方から、建築許可が下りないのではないかと心配したが、幸い、ひとりだけならということで、なんとか書類は受け付けてもらえたらしい(買主の方は、それについて念書など何通もの書類を書くことになったそうだが)。

 そして、だいぶ待たされて市の方からOKの返事をもらい、売買契約を結んで2ヶ月以上も経った8月26日に、ようやく最終的に取引を行うこととなった。

 ところが少し前になって、相続登記をお願いした司法書士から連絡があり、1筆だけ相続登記できていなかったというので驚いた。なんとかぎりぎりで間に合ったが、司法書士だけでなく、T氏も私も3人とも見落としていたとは、ちょっとなさけなかった。

 そしていよいよと思ったら、今度は急にT氏がこちらへ出向いてくると言い出した。高速を降りたら電話するのでICの近くまで来て欲しいと言う。
 どんな急用なのかと思ったら、同意に応じなかったひとりに対抗する意味で、持分で所有している公衆用道路のうち、その人の敷地に隣接する分で、今度新しい買主の方に所有権を移転する部分の半分を、T氏が個人で所有したいので、譲渡して欲しいということだった。

 なんか、報復するみたいでこわいような・・・片棒を担がされるような気がしたが、買主の方にも余分な負担を掛けてしまったこともあるので、何も問題は発生しないと判断して、譲渡することにした。

 取引には、ほんとうは土地の所有者である母が出向いて行かねばならないのだが、体調も良くないので、司法書士の方に融通をきかせてもらって、母の委任状を持って私が代理で出向くことにした。

 8月26日(火)の朝、夏休み中で止むを得ず子供たちも連れて、出発した。父の形見の車で高速を走ると、なんか気持ちが浮き立って、ついついアクセルに力が入る。
 やっときょうという日にたどり着けた。ほんとうなら、父が自分でハンドルを握って行くはずだったのに、と思うと、複雑な気持ちだった。

 取引は、ものの20分で終わった。もともとお世話になっていた不動産業者のD氏も姿を見せて、「おとうさんが生きていたら、どんなに喜んだでしょうね。」と言ってくれた。
 D氏は、父と同じ頃に肺癌がみつかり、もう治療の手立てがないと聞いていたが、とても元気そうに見えたし、自分で車を運転してきたと聞いて、驚き、うらやましいと思った。

 あとで、T氏が現地へ連れて行ってくれた。既に排水工事も進んでおり、生い茂っていた雑草もきれいに処分され、見違えるようになっていた。

 帰り道、子供たちは寝てしまったのか後部座席は静かだった。
 
 私はハンドルを握ったまま、父の顔を思い浮かべた。そして、「おとうさん、終わったよ。ちゃんと片付けたからね。」と心の中で父に報告した。
 そしたら胸が熱くなって、涙で前が見えなくなった。「危ないぞ!」と、父の声がしたような気がした。



預貯金の相続について

 ご存知の方が多いと思うが、金融機関が預貯金等の名義人の死去を知ると、「ロック」が掛かった状態になり、一定の手続きを行わないと払い戻しが受けられなくなる。郵便局については、どうもこの限りではないようであるが(局によるのかもしれない)。

 父は、用心深い人間だったせいか、金融機関の万一の破綻などを考えて、ほんとに少額ずつではあるが、預貯金をいくつもの金融機関に分散して預けていた。
 だから、相続の手続きも非常に手間が掛かることになりそうだった。

 とりあえず、父が亡くなったことを新聞の会葬広告で知られてしまった金融機関については、正規の相続手続きを踏むしかなかった。
 しかし、そうでない金融機関については・・・必ずしもその必要はないと判断した。別のことで相談にのってもらったある金融の専門家も、こっそりそう助言してくれた。

 最近は、金融機関の窓口での本人確認が厳しくなっている一面もあり、印鑑だけでなく名義人の署名も登録しているところが少なくない。従って、通帳や証書と印鑑だけをを持参して窓口で払い戻しを受けようとしても、できないこともある(テラーの厳しい目が光っている:“テラー”とはtellerのこと。窓口の係のこと。女性が多いですね)。

 キャッシュカードがあって、尚且つ暗証番号がわかっていれば、窓口を通さずに出金できる。硬貨まで出せるATM(automatic tellers machine:現金自動入出金機)もあるようだし。ただ、解約すると「解約利息」がもらえるはずなのに、残高をゼロにするだけではもらえない。
  そこで、利払い日(預金利息がつく日)を狙う。いまのようなゼロ金利のご時世では、普通預金の場合など、よほどの残高がないとほとんど利息がつかなかったりするものだが。
 通常、郵便局は年に一度(3月末だったか?・・・4月1日だったかも)、銀行は年に二度の利払い日がある(わたしが知っている範囲では、2月と8月)。いつがそうなのかは、通帳を見れば確認できる。

 利息が入った直後に全額出金すれば、ほとんど出し切れたと見なしていいと思う。硬貨の出金ができないATMなら、残高が千円になるように差額を入金し(窓口でも可。入金の際は、出金時と違っていちいち本人確認などしない)、キャッシュカードで出せばいい。
 もっとも、たとえ亡くなった人の家族であっても、暗証番号までは知らないことも多いと思う。通常、暗証番号を一定の回数間違えると、そのカードはもう使えなくなる。

 さて、問題は定期預金など、キャッシュカードで出せない預金の場合である。しかし、満期になったら元利金が普通預金に自動的に入金されるものは問題ない。上記の方法で出金できる。問題はそうでない場合である。

 ある地方銀行に、父名義のごく少額の定期預金があった。総合口座にセットされたものだった。その通帳の普通預金の方から、公共料金の引き落としをしていたので、わたしは窓口へ行って、普通預金の残高が少なくなって引き落としができないので、定期を解約して普通預金へ振り替えたい(この場合は入金すること)と申し出た。

 夫名義の預貯金を、家計を管理している妻が管理する場合がよくあるので、よほど金額の大きな定期預金でない限り、男性の名義の預貯金の解約に、(配偶者と思われる)女性からの申し出でも応じてくれることが結構あると思う。
 しかし、金融機関は現払い(現金での払い出し)を嫌う。そこで、一旦普通預金へ入金するということがポイントになる。

 さらに念には念を入れて、このときわたしは実家の固定資産税の納付書を同時に持参し、納付した。納付書の名前はもちろん父になっている。第三者の預貯金を不正に払い出そうとする者が、税金など納めるはずがないので、銀行の警戒心を少なくする効果があったのではないかと思う。

 こうやって、結局、わたしは本人確認の書類等の提示も一切求められずに父名義の定期預金を解約し、普通預金も払い出してこっそり母の口座へ移して、一部ではあるが、ひそかに「相続」を済ませたのである。
 
  (ちなみにわたしは、勤続年数こそ短かったが、もと銀行員である。)


 通常の相続手続きをしようと思えば、相続人全員の印鑑証明書や戸籍謄本、被相続人(死亡した人)の除籍謄本や原戸籍(はらこせき又はげんこせき)、場合によっては遺産分割協議書など多くの書類の提出を求められて、結構厄介だ。
 被相続人の、生まれてから亡くなるまでの戸籍を用意するよう求められることが多い。相続人を特定するために、少なくとも、12〜13歳頃(生殖可能な年齢)以降の戸籍が必要になるらしい。

 役所で戸籍謄本や印鑑証明書を請求すると、自治体にもよるだろうが、通常1通につき数百円程度はかかるものなので、相続人全員のものを金融機関ごとにすべて揃えると、最低でも数千円の費用が掛かることになる。
 印鑑証明書の場合はほとんど「提出」することになるが、金融機関によっては、戸籍謄本については「呈示」するだけ、つまり原本を持参すればコピーして返してくれるところもある。

 複数の金融機関で手続きを行う場合は、「呈示」で済むところを先に行えば、用意する戸籍謄本の部数は少なくて済む。ただ、有効期間があるので(場合によるが、3ヶ月とか6ヶ月のことが多い)、有効期間内に効率よく手続きを行う必要がある。

 また、戸籍謄本などはプライバシーに関する大切な書類でもあるので、原本を提出した場合も、相続手続きが終われば返してもらえることが多いので、忘れずに申し出た方がいい。
黙っていたら、そのままになってしまうことがほとんどのようである。

念のため申し添えておきますが、わたしの体験談と同様のことがすべての金融機関でも可能であるとは限らないと思います。もしも、窓口で疑惑を持たれるなどの問題が生じても責任は負いかねますので、なにとぞご了承のほどよろしくお願いします。



証券被害

 最近、銀行預金ではほとんど利息が期待できないこともあって、リスクはあるけれども、証券会社の商品へと資金が流れているようである。
 
 あまり詳しくは知らないが、わたしも銀行に勤めていた頃、当時、銀行預金より利率が高かった中国ファンド(中期国債ファンド)に少しだけ投資していたことがあった(もちろん、勤務先の銀行には内緒で)。しかも、お恥ずかしい話だが、商品の内容はおろか、リスクがあることも知らずに。
 利率も比較的高く、出し入れも自由とあって、銀行の定期預金などよりも手軽に利用できたように思う。

 円建の預金では利息がほとんどつかない昨今、外貨への投資が注目を浴び、格付けが高くて比較的安全な、いわゆる国際金融機関の債券などが人気を集めているらしい。
 豪ドル建の債券など、期間3年でも利率が5%台だったりして、日本ではかなり前の利率であったことを思い出す(わたしが銀行にいた頃、普通預金は年利1.5%、定期預金は、3ヶ月ものが3.5%、1年で5.5%、3年で6.0%くらいだっただろうか)。
 もちろん為替リスクを伴うので、円転するタイミングを誤っては困るのだけれど。

 株の方が若干持ち直してからは、逆の動きをする債券は価格が下落しているようだが、満期まで売却しないことを前提として考えるなら、ほとんど問題はないといえるようだ。
 
 しかし、わたしのように、あまり知識を持ち合わせていない顧客に対して、証券会社が、商品やリスクについての充分な説明ができていないことが結構あり、トラブルになっていることが多いと聞く。

 父が生前取引きしていたある証券会社(3大証券のひとつ)は、相続手続きもずさんでいい加減だと思っていたら、こちらの了承もなく、償還前の社債が元本割れの状態で売却され、別の商品に乗り換えられていることに少しあとで気がついた。

 比較的最近、マイカルの社債が債務不履行となったことがあったが、そういう事情のある社債ではなく、電力債や、まず倒産など考えられない大手企業の社債を売却されていたのである。
 営業担当者のノルマ達成目的かどうか知らないが、電話での取引ほどあてにならないものはないと痛感した。営業担当のその女性は、勤務中で忙しい姉のところへ電話を掛けてきて、有利だからということだけを強調したようである。

 あいまいな返事をしたかもしれないということに落ち度がないとは言えないが、顧客の都合に合わせた営業活動をしていると宣言しておきながら、全く顧客の立場に立ってないことに憤りを感じた。

 時価のある商品を扱う以上、電話での取引はやむを得ないのだろうけど、行き違いがあってトラブルを招くようでは、営業担当として失格であろう。

 支店の責任者と度重なる交渉を重ねるも、どうにも埒があかず、かと言って法的手段に出たところで、顧客側に立証責任等が生じるとあっては、なかなか有利な結果が期待できそうになかった。

 地元の消費生活センターに始まって、国民生活センター、証券業協会、弁護士などにも相談したが、結局あきらめることとなった。
 金融に関する取引は、あくまで自己責任で行い、納得・理解ができない商品への投資は断じて行わないことが、まず第一なのであろう。
 



滅失登記

 昨年の夏に売却を済ませた土地のことは、もう考える必要のないことだと思っていた。
 年明けに、父方祖父母の法事があったので、ちょっと気になってついでに現地を訪れると、新築工事はかなり進んでいたし、もうここへ来ることもないだろうと思った。

 ところが一昨日、2通のメールが舞い込んだ。1通は不動産業者のT氏からで、もう1通は名前も聞いたことのない土地家屋調査士からだった。
 
 ちょっとだけいやな予感がしたのだが内容を確認すると、なんと売却した土地に建っていた家屋を取り壊したときに、「滅失登記」ができていなかったことが判明したということだった。
 買主の方が登記(きっと家が完成して、所有権保存登記をされたのだろう)する段階になって、初めてわかったという。

 家屋を取り壊したときは、1ヶ月以内に登記簿を閉鎖する「滅失登記」を行う必要があるらしい。
 家屋を取り壊したのは、父が残した書類を調べてみると、もう5年以上前のことらしい。当時は、不動産業のD氏がいろいろと手配してくれていたらしい。D氏が当時の事情を知る唯一の人なのだが、T氏が早速確認にでかけたところ、容態が悪化されて話もできず、とうとう先月逝去されたとのことだった。

 D氏は肺癌を患っておられて、私の父とほとんど同じ頃に宣告を受けられたはずだった。お年は、確か父より2歳くらい上だと聞いている。すでに治療の方法がないと聞いてはいたが、昨年の夏、土地の売買取引を行ったときは、ご自分で車を運転して来られていて、お元気そうに見えた。
 癌と共存してがんばってこられたようなのに、とうとう力尽きてしまわれたとのことで、ほんとうに心が痛む。

 それにしても、父の死後、土地については相続登記、所有権移転登記と問題なく済ましてきたわけだが、家屋のことなど全く頭になかったので、驚いたというのが本音である。
 土地家屋調査士の方で早速手続きを済ませてくれたそうだが、また数万円の費用が発生した。まだこれから、何か問題が発生して、いくらかの費用が掛かることがあるかもしれない。
 まだ当分、わたしの役目は終わらないのだろうか。         
(H16.3.18)
 





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