医療に思うこと

告知

 不治の病の、患者本人への告知については、いつもいろいろな場で是非が論じられているようだが、問題が大き過ぎて、私なんかが自分の経験だけから考えを述べるのは躊躇すべきことかもしれない。
 ただ、父の病気での経験を通して思ったことはいくつかある。まず第一に、世の中の動きがそうだからと言って、どんな場合でも告知すればいいということではないということ。病院で医師の話を聞いていると、真実を言わないと治療がしにくいとか、最初はがっかりしてもそのうち平気になるんだとか、もう70歳を過ぎてるからここらへんで(死んでも)いいんじゃないか、とかそういう言い方が多かった。しかし、患者の「自己決定権」が尊重されるべきだと教えて下さった先生もいた。

 私の母はもう13年も前に大腸癌になり、手術を受けた。父は誰にも癌であることを告げず、ひとりで母の予後を見守ってきた。私も父が隠しているのではないかと思ったが、父を信じることが両親への思いやりだと思った。母も父を信じていた。
 ところが母は数年前、ある医師から突然自分は癌だったと聞かされ、ショックを受けた。大学病院だと、術後何度も検診に行くとそのつど違う医師が診てくれたりするので、本人への告知がされているかどうか確認されることもなかったのだろう。
 母は真実を知ったことを父に言うにも言えず、私にだけ打ち明けた。私もまた、10年もの間の父の孤独な苦悩を思い、それが、父が母と家族に示してくれた精一杯の愛情ではないだろうかと思った。
 
 治療がしにくいというのは納得できる。情報が溢れている昨今、放射線治療や化学療法が癌の治療であることを知らない人は少ないだろう。本人に真実を伏せて治療を行うのは難しく、患者が医師への不信感を抱く原因にもなりかねない。
 しかし、告知されっ放しの状態になるのは、正直言って患者本人も家族もたまらない。厳しい現実を受け入れて死を受容し、人生を全うするために身辺整理をせよと急に言われても、すぐに覚悟を決めて身辺整理に取り掛かれる人がいったいどのくらいいるのだろう。ある程度の時間を掛けて、何らかのプロセスを経てようやく受容できるのだとある先生は教えてくれたが、ではそれを支えて助けるのは誰なのか。

 この度父が癌の告知を受けてから、現実を受け止めるための手助けとでもいうべき病院側からのサポート等は、一切受けていない。そういう体制のある病院は、多分限られているのだろうけど。
 私も自分が置かれた立場にただ戸惑い、苦しむだけだった。毎日病室を訪れる看護婦さんも、患者の病名を知らないはずはないが、患者の気持ちを思いやることすら禁じられているのか、あくまで事務的に用事を済ませ、退室しなくてはならないという感じだった。アメリカでは、オンコロジー・ナースとよばれる人たちが活躍していると聞く。看護も、より専門化させるべき分野なのだろう。
 医師以上に接する時間が長く、医師とは違った面から患者を見てくれているはずの看護婦さんの果たす役割は非常に大きい。

 私はひたすら治療に関する情報収集に努め、父の励みになるような情報を父に与えるしかなかった。私には、誰かに、何かにすがりたい、苦しみを分かち合いたいという気持ちが強かったが、それは難しかった。父は私以外の誰にも病名を明かすことを許さなかったので、共に涙する肉親もいなかった。
 それでも、夫と友人はじめ幾人かの人たちには随分力になってもらった。また、治療の選択肢がすべて無くなってしまい、いよいよ自分自身が崩れ落ちてしまいそうになった頃、たまたま私からの治療の問い合わせに返事をくれたある医師から、最後の最後まで適確な、しかも勇気づけられるすばらしいセカンド・オピニオンをいただくという、普通では考えられない幸運に恵まれた。
 
 それから、欧米では日本以上に告知を積極的に行っていると聞くが、ここは日本であり、私たちは日本人である。医療のしくみも違うし、死生観も違う。宗教というものが日常生活にどれだけのウェートを占めているかもかなり違うと思う。医学の進歩を欧米に習うことがあっても、医師と患者の人間学は日本にしかないものがあるのではないかと思うが、どうだろう。



ドクハラ

 最近、『ドクハラ』(ドクター・ハラスメント)という本が目に止まった。セクハラという言葉が市民権を得て久しいが、ドクハラについてもずっと前から存在していたはずなのに、セクハラ同様、被害を受ける人間は立場が弱いと見なされているがゆえに、なかなか問題化されることがなかったのではないだろうか。

 そもそも私が新聞にいろいろな投稿をするようになったきっかけも、ドクハラだった。乳児期はアトピー、幼児期に入って喘息と鼻炎にも悩まされるようになった息子は、ある医師に言わせると「アレルギーの塊みたいな子供」であり、「この子の将来暗いね」とまで言われた。患者の将来を少しでも明るくするのが医者の仕事じゃないのかと問うてみたかった。

 私の母が以前大学病院にかかったとき、癌の疑いがあるので検査を受けるよう医師から言われたことがあった。かなり疑いが濃厚であるように言われたので、母は結果が出る前から意気消沈してしまったという。しかし検査の結果、幸いにも癌ではないと判明したのだが、結果を告げる前にその医師は「残念でした。」と言ってニヤリと笑ったというではないか。そして、脅かさないと検査を受けないだろうと言われたそうだ。
 何が残念だというのだ。研究材料がひとつ減って残念だとでも言いたいのか。「よかったですね。」と言っていっしょに喜んでくれるべきではないのか。患者の気持ちをもてあそぶなど、全く言語道断である。

 いろいろな病気に罹った経験のある母は、同じ病院の眼科でもつらい思いをしている。視力は著しく低下するものの、失明することはない病気だったのに、診察してくれた医師のそばにいた若い研修医らしい医師が「そのうち失明するんだ。」と無神経な言葉を浴びせかけてきたらしい。仮に失明する可能性があっても、説明のしかたというものがあるだろうに。それとも、これは患者側の勝手な言い分に過ぎないのだろうか。

 また、息子のアトピー性皮膚炎の症状が急に重くなったある日、出産した病院の小児科を訪れた。診察した若い男性の医師は「こんなひどいのは見たことがない。ここへ通ってきている子供の中にもこんなにひどい子はいない。」と言って顔を背けた。それがほんとうなのかもしれないが、言われた方はなさけなくてわが子が不憫で涙が出た。

 もちろんこのような医師はごく一部である。ひとつひとつ言葉を選んで、患者の気持ちを充分考えて診療に当たっておられる先生もたくさんいる。要するに、医師である前に人間性の問題なのかもしれない。医学部の入試において、もっと人物の選考にも重きを置き、さらに大学でもっと患者との接し方を学ばせて、医師である前に人間としての成熟度を向上させて欲しいものだ。

 医師は非常に忙しいので、いちいち言葉を選んでいる時間などないと聞く。確かに、特に医学生の教育や研究機関としての機能をも果たさなければいけない病院などでは、医師の仕事は素人にはとても考えられないくらいの激務であり、いちいち患者の気持ちなど考えて言葉を選んでいては、その日の仕事が終わらないことになるかもしれない。しかし、それを可能にしている医師が存在することもまた事実である。
 
 それにしても最近、新聞の投稿欄でよく見掛けるドクハラについての投稿が全くないのは、もしかして地元の医師会か何かが圧力を掛けているのではないだろうかと思うのは、私の考え過ぎだろうか。



がん検診

 今年もまた、「がん検診のお知らせ」がきた。
 自らすすんでがん検診(特に集団検診)を受けている人は、そう多くないと聞いたことがある。確かに、検診にもよるが、あまり気持ちのいいものではないし、あとで結果が出るものは、ドキドキしてしまう。誰しも、「まだいいだろう、今年はやめとこう」、という感じで、後回しにしたいものだと思う。
 30歳になってすぐ検診を受けに行って、なぜ来たのかと医師に尋ねられたことがある。どうしてそんなことを聞くのかと反対に尋ねようかと思ったが、それだけ、30になってすぐ検診を受ける人は少ないということなのかもしれない。

 ガンは「遺伝病」ではないにしても、遺伝子が異常をきたして発病するそうなので、やはり血縁者にがん患者がいる場合は、気をつけた方がいいらしい。特に、大腸がんは遺伝的傾向が強いらしいので、母が罹ったことを考えて、注意しなくてはと思う(が、まだ大腸がんの検診は受けたことがない)。

 近県に住んでいた私の母方祖父は、20年余り前、肝臓がんで亡くなった。77歳で、確かもう手術などはできなかったはずである。
 血管造影だったか何だったかつらい検査があり、祖父は他の患者がぐったりして検査から戻ってきたのを見て、受けるのをやめて病院から自転車で逃げて帰ったと聞いたのを覚えている。

 亡くなる1ヶ月前の年末、帰省途中だった私は、自宅で療養中だった祖父を見舞った。私は祖父ががんだとは聞かされてなかった。「春になって暖かくなったら、良くなるよ。」と声を掛けた。体を起こして私と話をしたことを母に話すと、母は、もう起きられなかったはずなのに、と驚いていた。
 その後少しして祖父は容態が悪化し、確か自分から入院すると言ったと聞いたように思う。

 叔父が仕事を休んで上京し、確か丸山ワクチンをもらいに行って、祖父に注射してもらっていた。でも、やはり助からなかった。医師から宣告されていたとおりの余命だったという。
 亡くなったあとで、母が、丸山ワクチンのお陰で祖父は最後まで痛みがなかったのではないかと言っていたのを覚えている。

 離れて住んでいたので、祖父との思い出はあまり多くないが、甘いものが好きで、囲碁がめっぽう強く、いつも穏やかな人だった。

 だからというわけではないが、私は母の強い勧めもあり、30歳になったら一部公費負担で受けられる、乳がん、甲状腺がん、子宮がんの検診を毎年受けている。以前、妊娠後期にまで母に乳がんの検診に引っ張って行かれ、ひんしゅくをかったという笑い話にもならないようなこともあった。

 近所に住んでいた同級生の女の子が、まだ27歳という若さで、幼稚園児の子供を遺して乳がんで亡くなるということがあったので、母はすごく神経質になっていたのだと思う。

 集団検診だと、自宅近くに会場が設けられるし、費用の負担も少なくて済むのだが、なんとなく抵抗を感じて、ずっと病院で個別の検診を受けてきた。ところが昨年のある日、たまたま近くで集団検診があるのを思い出し、試しに一度出かけてみたが・・・。

 会場はごった返していた。ずら〜っと何度も並ばされ、列のすぐ横では、問診票がきちんと記入できていない人たちが、係の人から大きな声で質問されて、小さな声で答えていた。
 「初潮は何歳?・・・妊娠の回数は?・・・出産は?・・・」という調子で、女性にとってプライバシー中のプライバシーともいうべき項目が、いやが応でも耳に入ってきて、聞かされる方も不愉快だった。
 会場は、医師以外はすべて女性なのだけれど、「衆人環視」の中で着衣を脱ぐということに、みんな抵抗を感じないのだろうかと思った。それとも、私には年齢不相応な(?)羞恥心のようなものが残っているのだろうか。

 検診車というものにも初めて乗ってみたが、風にヒラヒラしているカーテン1枚の中で検診を受けるということには、すごく勇気が要った。

 ところで、乳がんの検診は、市内の外科医院であればどこでも受けられるのだが、外科とひと口に言っても、先生によって専門がかなり違う。幸い、乳腺の専門医の先生が開業されているので、3年前から毎年そこで検診を受けることにしている。

 ごく初期の乳がんは、触診だけでは発見できないこともあるらしいが、その先生は必ずエコーも使って(しかも、別途費用を徴収されずに)調べて下さるので、助かっている。外科医の夫に毎月触診してもらっていたのに、乳がんが発見できなかったという女性の話も、聞いたことがある。
 マンモグラフィーも勧められるのだけど、(なんか痛そうで)まだ一度も受けたことはない。
 乳がんに罹るのは女性とは限らないそうだが、さすがに男性には公費負担はないらしい。

 昨年その乳腺クリニックを訪れた時、甲状腺をエコーで調べたあとで、機会があれば血液検査を受けておいた方がいいと言われた。
 父を亡くした直後でもあったので、一瞬、ドキリとした。(今度はわたしの番なのだろうか?)一瞬、子供たちの顔が浮かんだ。(あの子たちを置いていくわけにはいかない!)自分が命を落とすかもしれないという恐怖よりも、母親を失って苦労して生きていかなければならない、まだ幼い子供たちの不憫さを思うと、とても耐えられない。

 さっそく、子供たちのお世話になっている内科の先生に話してみたが、先生は私の甲状腺のあたりに触れて、「腫れてもないし、検査なんて必要なし」とおっしゃった。別の病院で検査をということも考えたが、何となくそのままにしているうちに、今年もまた検診を受ける時期になってしまった。
 今年はやはり、集団検診はやめておこうと思う。

 検診さえ受けていれば大丈夫ということは、決してないらしい。子宮がんの検診にしても、たまたまがん細胞のない部分の細胞を採取されたら、結果はマイナスと出てしまうということだし。“受けないよりはマシ”、くらいに考えておくしかないのだろうと私は思っている。 
 



はしご

  「はしご」と言うと、酒飲みにとっては楽しみのひとつなのだろうけど、病人の場合はあまりやりたくないことである。
 病人の「はしご」とはもちろん掛かる病院や医師を変えることだが、健康保険の赤字に繋がるので良くないという声をよく聞く。(病気が治らなくてもいいのだろうか。)

 病気にもよるが、1軒の病院、ひとりの医師では治らない場合がよくある。もちろん、たまたま治る時期に病院を変えたということもあるかもしれないけれど。

 同じ症状でも、医師によって治療法が違うことはよくあり、処方される薬が違うこともまた多くある。どの医師を選ぶかは、もちろん患者側の責任であるのだろう。

 では何を基準に医師を選べばいいのだろう。最近でこそ、ネットで地元の病院の情報が盛んにやり取りされているサイトなどもあるので、情報収集が少しは楽になったが、少し前までは、口コミのうわさに頼るか、自分で行って実際に確かめてみるしかなかった。

 最近、息子のNの足に湿疹ができて、手持ちの薬をいろいろ塗っても一向によくならないので、最近掛かるようになったある医師を訪ねた。別の医師から勧められて掛かるようになった医師である。

 皮膚病には、ほとんどの場合ステロイド軟膏が出る。ステロイドはその副作用が恐れられていて、拒否反応を示す人も多い。私もかつてはそのひとりだったが、ある信頼できる医師とめぐり会えたおかげで、「うまく」使いこなすことを覚えた。

 ご存知の方も多いと思うが、この薬は強さによってだいたい5段階に分類されていて、種類も非常に多い。最も弱いものと最強のものとでは、強さが何百倍も違うという。体の部位によっても吸収され方が異なるので、何種類かの薬を使い分けないといけないことも多い。

 今回Nには、強い方から2番目の薬が出た。しかし、5日間塗ったが効かない。そしたら、もう1ランク上の、今までに使ったことのない最強の薬を出された。
 また5日間塗った。しかし治まるどころか、ますます悪化して拡がってくる。

 診断が間違っていると、ステロイド軟膏で悪化することもあると聞いたことがある。なんでも、真菌などの「カビ」が原因の場合、抗真菌剤などでなくステロイドを使うと悪化するそうである。

 ここで別の医師のところへ行くことを考えたが、もう1度だけ・・・と思って、もとの先生のところへ行った。
 しかし薬は変わらなかった。それどころか、「もうちょっとだね。」とおっしゃった。

 私は、今の治療に見切りをつける決心がつき、以前掛かっていたA先生のところへ行くことにした。
 
 ずっと以前、やはりひとつの薬だけにこだわり続ける先生がいた。
 塗り始めて2週間たってもよくならない。なのに薬はそのまま。なんで治らないんだとイラつきながら消毒する先生の手にも力が入り過ぎたのか、子供が声をあげる。先生が怒る・・・。

 もともと掛かっていたA先生は、診断も治療も確かだった。この先生に診てもらって治らなかったことは一度もない。薬の効果が出なければ、すぐに処方を変える先生だ。
 でも私は、この先生に、よく話を聞いてもらえないという不満を持っていた(ぜいたくかもしれないが)。
 診察の最後に質問があって「あのう、先生・・・」と顔を上げると、既にそこには先生の姿はない。いつも込み合っていたので仕方がないのかもしれないけれど。

 しかしこの度はどうしたことか、質問にも答えて下さり、治療の説明もあった。とびひに似た感じがあるので、抗生物質の内服が必要であり、軟膏が強過ぎるので2ランク落とし、抗生物質の入ったステロイド軟膏が処方された。

 お蔭様で、症状は少し改善した。

 余談ながら、このA先生、ある一流大学を出て一旦企業に就職したが、改めて医学部へ進学されて医者になったと聞いている。

 外の空気を吸ったことのある先生も、ある意味でいいんじゃないかと思う。 



子どもの医療について

 今年もすでに、インフルエンザの流行する季節に入っているが、わたしと子供たちも、今年は流行の波に乗り遅れることなく、順番にかかってしまった(インフルエンザじゃないと言う医師もいたが)。
 20分おきにうがいすればうつらないという近所の先生の言葉を信じて、わたしは子供たちの看病をしながら、かなり頻繁にうがいと手洗いを実行していた。

 潜伏期間の短さから考えてもう大丈夫ではないかと油断した、子供がかかって4日目あたりにわたしも感染したような気がする。

 わたしがかかったのは9年ぶり、子供たちは4年ぶりくらいだろうか。9年前、親子3人、お正月に同時にかかり、大変な目に遭った。
 当時、下の息子がおなかの中にいた(しかも、妊娠初期)わたしは、一切薬をのむことができず、いつまでもせきが続いて、とうとう生まれて初めて喘息発作を起こしてしまった。
 横になると咳き込むので、毎晩明け方まで座って過ごし、翌日は出勤するというかなり無茶をしていたのに、よく息子のNは無事に生まれてくれたものだと、いまでも思う。
 
 大人がインフルエンザにかかることについては、少々苦しい思いはするが、よほどのことがない限り命を落とすなどということは考えないものである。
 しかし、子供、特に乳幼児がかかると、インフルエンザ脳症を惹き起こして死に至ることがあるということは、子を持つ親なら誰でも知っている常識ではないだろうか。

 インフルエンザ脳症の発症の詳しいメカニズムは充分解明されていないそうだが、解熱剤として処方される「ボルタレン」が原因のひとつではないかと言われて久しいように思う。
 だから、インフルエンザであるかないかにかかわらず、小児科医に掛かれば、ボルタレンが処方されることはまずない。
 でも、内科の先生が小児科も「兼ねて」いるような医院(多分、看板に書かれた診療科目の2番目くらいに小児科と書いてある)だと、結構最近までボルタレンが処方される場合もあったように思う。

 わたしの子供たちが掛かっている先生も、今年からは他の薬に変えたので、内心ほっとした。まさかこちらから、薬の指定などできないので(アレルギーでもあれば別だが)。
 この先生、それでもまだ「厚生省が責任転嫁してるんだ」と不服そうだったが、親の立場から言わせてもらうと、やはり疑わしいものは排除して欲しい。

 本来、大きな病院などだと、15歳までは小児科で診ることになっているらしいが、子供といってもある程度の年齢になれば、内科の医院で診てもらうことがよくあると思う。
 でも、子供特有の病気の場合は、やはり小児科医に診てもらうのが確実ではないだろうか。

 日本では、ある診療科の医師が、自分の専門外の診療科で診療を行うことは全く問題ないと聞いている(ほかの国も同じかどうかは知らないけれど)。コンタクトレンズの診療所に、眼科以外の医師が詰めていて、目やレンズの検査をしているなどという話も聞いたことがある。
 医師というものが、自分の専門外の疾患をどのくらい・・・(病気にもよるだろうけど)何10パーセントくらい適確に診断・治療できるのか知らないが、インフルエンザ脳症については、小児科医の診察を受けていれば救命できたかもしれないというケースが結構あったと聞いたことがある。

 しかし、小児科の救急医療体制は立ち遅れているのが現状である。わたしも、子供たちがもっと小さかったときは、よく時間外の救急外来を訪れたものだが、小児科の先生が当直だったことなど、ただの一度もない。
 小さな乳幼児、しかも病気とあっては機嫌も悪く、泣いていることもある。そういう厄介な患者を扱うのは大変で、露骨にいやな顔をされる先生もいた。

 小児科の先生というのは、口を開けさせることひとつに関してもワザのようなものを身につけていたりして、子供もそれを敏感に感じ取ったりするようである。白衣を着ると子供がこわがるので、わざと着ない先生もいる。

 残念なことに、小児科を志す医学生というのは非常に少ないらしく、小児救急医療が充実しないのも止むを得ないようである。
 子供というのは、使う薬の量が少ないから、はっきり言ってあまり“儲からない”そうだし、泣いたり暴れたりするのをなだめすかして診療を行うのは疲れるし、患者ひとりにかける時間が長い。
 子供本人が幼少だと、症状が適確に訴えられない。赤ちゃんは泣いているだけ。おまけになぜか深夜の発熱などが多く、時間外診療を余儀なくされる。
 それに、天使のような可愛い子どもの最期を看取らなければならないこともあるという辛い仕事も、小児科医の宿命だと思う。
 また、今の少子化傾向を考えると、将来、小児科の患者数が減ることは必至であるはずだ。

 子供が好きだから学校の先生になりたかったが、ある事情でなれず、小児科医になったという先生がいた。
 冬になると、先生はいつも聴診器を温めて使っていた。温かい聴診器がうれしくて、子供が先生の顔を見上げる。先生はにっこりする・・・。これだけで、子供と先生の気持ちはお互いに通じていたような気がする。

 子供が好きな若い人たちに、もっともっと医学を志して欲しいと思うのは、わたしの身勝手だろうか。診療報酬の支払いに、今以上に公的負担を増やすなどして、子供の医療の充実をはかってもらえたらと思う。



研修医がいなくなった?!

 最近、わたしの母校にある医学部の、ある医局長の先生が書いた「医局だより」や「外来だより」を読む機会があり、いま医学部が抱える問題を、少しだけ知ることとなった。

 最近の話題は専ら医師の「卒後研修」のことで、学内の一部の医局から研修医がいなくなったそうで、日常業務に支障を来たしつつあることを憂える内容だった。36年ぶりに制度が変わり、大学病院の現場は大変なことになっているようである。
 医学部卒業後、大学病院でなく民間の病院で研修を受けることで、第一線で役に立ついろいろな業務について学ぶことができるそうだが(大学だと専門に偏り過ぎるらしい)、素人ではよく事情はわからないけれど、ほんとにいい制度なのかどうか疑問であるようだ。

 新しい研修制度では、医師の国家試験にパスすると、内科・外科・産婦人科・小児科・精神科・救急だったか、限られた診療科だけを研修に回るようになり、それ以外の診療科では研修医が姿を消すという現実に直面しているそうだ。
 そうなると、今まで彼らがこなしていた業務(雑用・・と言っては失礼だが、それに近い仕事らしい)を当然ながら誰かが代わりにやる必要が出てくるわけで・・・人手不足という簡単な言葉で表現できるような問題ではなさそうだが、当然患者にもしわ寄せがくるであろうし、診療以外に医師が取り組むべき研究やその他の業務にも支障が出ることは必定であるようだ。
 
 最近の新聞を読んでも、これまでの研修医の身分の不安定なことが問題視されていたり、医局制度そのものが批判されていたり、医師の、民間病院への名義貸しが問題になっていたり、解決が難しい問題が尽きないようだ。

 どうして厚生労働省はこのような制度を作ったのか「医局だより」に書いてあったかもしれないが、ゆっくり読んでいる時間がなくて、読み飛ばしてしまった。
 どんな制度でも、始めたばかりの頃は問題点ばかり浮上してくるものかもしれないが、そういう問題点がなんとかしてクリアされて、早い時期に軌道に乗り、明るい「医局だより」を早く拝読したいものだと思う。(2004.4.22)
 



女性専門外来

 最近、「ジェンダーフリー」という言葉をよく耳にする。
 しかし、その流れに逆行していると言うべきかどうかわからないが、一部の病院の「女性専門外来」が話題を集めているようだ。
 
 女性というのは、男性に比べて、一生の間に何度も身体的・精神的転機を迎えるものである。だから、医療の場においても、そういう女性を特別な存在としてより専門的に診てもらえるのは、望ましいことだ。

 今の日本は男社会で、すべて物事は男中心に流れている、と言っては過言かもしれないが、例えば薬が処方されるとき、用量は、男性に合わせて決められているというのを聞いたことがある。
 小児科だと、子どもの体重を確認してくれるのに、大人の体重がそれこそ30キロ台から100キロ台(いや、もっと広範囲かも)にわたっているのに、服用する薬の量が同じというのはおかしい。男性と女性とでは平均体重が違うことも、ごくあたりまえなのだから。

 少し前から、「女性専門外来」という言葉をよく聞くようになった。女性の医師・看護師さんらが中心になって、女性特有の体や心の悩みを聞いてくれるという。地元の大学病院にも設置され、予約が相次いでいるということだ。

 男性の医師だと話しにくい・・・水虫なんかでさえ恥ずかしくて受診をためらう女性もいるというし、女性の産婦人科医が人気を集めるのはうなずける。やはり女性の体のことは、同じ女性の体を持つ人に聞いてもらった方が、よく理解してもらえるのではないかという気がする。
 
 最近は女性医師の数も増えつつあるし、看護師さんもほとんどが女性である。しかし、病院での検査によくあるレントゲン写真を撮る時を思い出すと・・・放射線技師はやはり男性が多いように思う。
 若い頃、病院の検査で特にいやだったのが、このレントゲンである。多くの場合、胸部のレントゲン撮影が検査のメニューに組み込まれている。金具のついたものなどをすべて取って下さい、ということで、上半身は当然すべて着衣を取らなければならない。
 代わりに、撮影までに(できれば撮影時も)何か着る物を貸してくれたらいいようなものだけど、上半身裸のまま機械の前に立たされて、男性の技師からやれ「手を頭の後ろで組んで」、とか、「息を止めて」、とか指示を受けてじっと突っ立っているのはほんとに恥ずかしい以外の何ものでもなかった(もちろん、今だって・・・?)。

 おまけに、忙しいのか気がきかないのか知らないけれど、まだこちらが服を着ていないのに、次の男性患者を検査室に入れる技師もいたりして、不愉快な思いをしたこともある。

 だから一部の病院では、問診や診察はもちろん、検査もすべて女性の技師が担当してくれる人間ドックというのが行われているらしい。

 私自身、日頃できるだけ女性の医師を選んで受診しているということは決してないが、女性の医師でよかったと思ったことが一度だけあった。

 私は2度出産をしたが、2度とも切迫早産で、女性の医師が主治医だった最初のときは、大事をとって仕事を休んで寝ているように言われ、通常の産前休暇よりひと月以上前から家で休んでいた。その先生ご自身はまだ独身でお子さんもいなかったのだけど、私とおなかの子どものことを、すごく心配してくれているのがよくわかった。
 
 切迫早産というのは体質なのか、2度目のときもそうなってしまった。前にお世話になった女性の先生が転勤してしまったので、別の男性の医師に診てもらっていた。
 妊娠後期の同じ頃、やはり切迫早産と診断され、がっかりしていた。しかしその先生は、別に気にしなくていいから普通にしているように言ったので、子宮が収縮してパンパンに張ってくるおなかを気にしながらも、職場に気兼ねで仕事を続けた。
 そして結局、産休に入ったまさにその当日の朝、「前期破水」で入院する羽目になったのである。

 自分で判断して仕事を休めばよかったのだけど、やはり医師の診断書というのは絶対的な力を持つものであり、それなくして欠勤というのはむずかしかった(そうでなくても、子を持つ女性は働きにくい社会なのである)。

 どんなにジェンダーフリーが進んでも、やはり女性は女性なのだと思う。体も心も男性とは違う。「女性専門外来」、大いに結構だと思うけど、受診するのに費用が余分にかかるのはいかがなものだろう(2004.5.12)。



医師のネクタイ

 先日、ラジオでこんな話があった。

 医師のネクタイにはいろいろなバクテリアなどがついていて、命にかかわる病気を惹き起こすようなものもあるのだという。
 ニューヨークのある病院で、医師42名と、病院の警備員として勤務する男性10名のネクタイについての調査を行ったという。その結果、医師のネクタイには警備員のネクタイの8倍ものバクテリアがついていたそうである。
 調査の対象としてはサンプルの数が少ないことは否定できないけれど、意味のない結果だとは言えない気がする。

 ネクタイというのは、ワイシャツや白衣などのように頻繁に洗濯するものではなく、目に見えない汚れなどは長い時間放置されていることが多いのではないだろうか。
 白衣の下にネクタイを締めている医師に出会うと、きちんとした感じで信頼出来そうな印象を持ったりするものだけど、実際には、ネクタイを締めた医師にはあまり診てもらわない方がよさそうである。

 ちなみに、歯科医師の場合、ネクタイを締めないよう指導されているという(アメリカだけでの話かどうか知らないが)。

 最近、看護師のキャップの着用を廃止する医療機関がかなり増えているが、その理由のひとつに「不衛生になりやすい」というのがあるらしい。それを聞いたとき、あまりピンとこなかったが、ネクタイの件と共通するような感じがする(2004.5.29)。



女性医師について

 既婚女性が社会に出て働くことは、いろいろな障害があって難しいものだが、医師という職業ではなおさらであることは言うまでもない。
 最近、ある大学病院に勤務する女性医師対象のアンケートの結果を見る機会があった。

 質問項目は、仕事と家庭生活に関するものだった。一般的な職業と違って、日常的には、当直をこなさなければならないなど時間的な問題も多いし、かなりの激務である職業柄、結婚・育児などについての質問項目には、どうしても、女性であるがゆえのハンディを感じさせる回答があった。

 例えば、出産の時期も慎重に選ばざるを得ないようであり、(少し経験を積んできたと言えるかもしれない)医師になって5年後、とか、学位が取得できてからといった時期を検討するという回答者もあった。
 また、産後の問題のひとつに、職場復帰する場合、やはり子供の預け先のことがあり、通常の保育時間では大いに支障が出るわけで、なかなかむずかしい。いろいろな制約の中で、妻として、母親としての生活をも成り立たせるのはどれだけ大変だろうと思わずにはいられない。
 男性の医師なら考える必要のないことも、女性であるがゆえに考えなくてはならないわけで、その苦労はいかばかりかという気がする。
 
 でも、そんな中で印象深かったのは、「この職業を選んでよかったと思うか」という最後の質問に、「No.」の回答をした人がいなかったことである。やはり、医師としてのやりがいを感じながら、女性としても前向きに生きている方々なのだと思った。

 女性専門外来の増設など、女性医師のいっそうの活躍が期待される昨今、いろいろな問題を抱えながらも、ひとりでも多くの優秀な女性医師が誕生することに期待したいと思う。





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