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私は京都、ことのほかシーズンオフで人がいない静かな京都が好きです。と言っても最後に訪れたのは、多分もう10年以上前でしょうか。
今でも脳裏に浮かぶのは、冬の大原。降り積もった雪の中を歩くと、体も心も芯まで冷え切って、なぜか不思議な心地良さがありました。すべてが冷え切ってしまうことで、もう一度熱くなれるかもしれないと感じたのです。
私は、信仰心などは持ち合わせていないのですが、お寺が好きなんです。静かな庭の中をゆっくり歩いていると、まるでそこだけは時間の流れ方が違う空間のようで心が落ち着き、日頃あくせくしている自分はいったい何なのだろうと思うのです。
それに京都には素敵な音楽スポットがたくさんありました。昼間はクラシック喫茶、夜はジャズ喫茶やジャズバーがいいのでは?四条河原町にほど近いところに、確か「築地」というクラシック喫茶がありました。中へ入ると、タイムスリップしたような気がしたのを覚えています。
丸太町小川だったか「ハイドン」という店、高瀬川の川べりの「みゅーず」、河原町のどこだったか忘れたけど「ブルーノート」・・・。必ずマッチをもらってきて集めていたのだけど、もうどこかへいってしまったみたい。
女性専用の喫茶店というのもあったけど、なぜか店員さんは男性だったのでヘンだなと思いました。女性専用の店、学生時代を過ごした町にもあって、洗面所へ入ろうとドアをあけると、背の高い私はコツン!と頭を打ったのです。これが「女性専用」という意味だったのかなと、ひとり苦笑いしました。
京都は学生の町というだけあって、若い頃訪れるとなんとなく自分も溶け込めているような気がしたものです。でもだんだん年を重ねるにしたがって、感じ方も変わってきて、毎年訪れていたのがだんだん回数が減っていったのです。
実は、父が母と最後に訪れたのも京都でした。観光ではなく病院でしたが。母は目を病んで地元の病院で手術を受けたものの、すっきり回復しないとこぼすので、いつも父は気に掛けていたのです。入院する少し前の10月、父は自分の体調の悪さを隠して、網膜硝子体手術では国内トップレベルを自負するというある大学病院へ母を連れて行ったのです。
父はいつも自分のことは後回しでした。現役で働いていた頃は仕事ひとすじで母をかまってやれなかった分、現役を退いてからはとにかく母のために一生懸命でした。昔から病気がちだった母の体を思い、自分の痛みをこらえて京都へと旅立ったのでした。 |
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